何気なく目にしたことから反省したこと

運転中、信号で止まった時に何気なく歩道を見ていたら
白い杖をついた男性が歩いていました。
男性が歩いていたちょっと先に大きな木に(たぶん)もたれさせていた自転車が止めてあったのですよ。

彼の行く先の危険を察知してくれるであろう白い杖は自転車を捉えることなく、彼は自転車にぶつかり自転車は倒れてしまいました。
彼は倒れた自転車を手で探しながらもとに戻している様子。

彼の前後には歩いている人はいない、私がその時いたのは彼がいた歩道とは反対方向、広い道路で反対車線との間に縁石があり、車を止めて彼の手助けは出来ず、ただ見ていただけ。

歩道に大きな木が植えられているのはよく見る光景です。
緑があるのはいいねーとかつい先日まで咲き誇っていた桜などは道路に掛かり桜のトンネルを走っているみたい、なんてことを思っていました。
ですが、彼らにとってそれは障害物でしかないのかもしれない。
自転車をちょっと止めてしまうこと、私もありありです。

彼はもともと目が見えていたのではないかと、私はそんな気がしました。
自転車の姿形を知っているかのように倒れた自転車を起こしているように見えたから。
もし彼が以前は目が見えていたのならば、気づかなかった自分が歩く道の障害物。
私だっていつそれが自分にとっては障害物になる可能性がないわけではない。

足が動くこと、目が見えること、耳が聞こえること
自分がその立場にならないと本当の意味でわからないことはたくさんあるけれど、ちょっとこれはどうかな?と考えてみることは必要なんですよね。

自分の狭い視野で物をみていてはいかんなぁ、と反省したのでした。
だから何が出来るか?と歩道に植えられている大きな木を引っこ抜くわけにもいきませんが、自転車を止める時はよくよく考えることにします。
行政も大きな木の回りに柵をつけるとか、花で街を彩る前に考えることあるよなぁーなんて思ったのでした。
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