探偵さんとお会いして

11月かっ、てことは2013年もあれよあれよであと2ヵ月ちょっと。
夏が終わると思う。
1年ってなんて早いんだ。
1年が終わるって単なる時間の経過なのですが、やはり節目節目でやることやるべきことを自分に課さないとダメな人間もいるのです←自分のことですね。

といっても・・・・今年は何が出来たかな(-_-;)


先日、職業「探偵です」という方にお会いする機会がありました。
別に私が何か依頼したわけではありません。
色々な職業の方にお会いすることがありますが、「探偵さん」は初めてです。

私が想像する探偵業務といえば、“浮気調査”とか“行方不明者の捜索”ですが、もちろんそれも業務だそうです。
これも想像を絶する業務のようで、毎日がドラマだなぁーと現場を知らないわたしなんぞは思ってしまいました。
一般常識の脳回路では出来ないのではないかしら?
こういう方ってたぶん探偵でなくともどんな仕事でもこなしてしまうのだな、というお人柄です。

で、これは通常想像に値する業務

この方は「いじめと探偵」という本も書かれている。
いじめを調査しているということ。

いじめを調査しているというよりもいじめ問題の解決を手助けしているといった方が正しい、と思われます。
なぜなら、いじめに関する調査をする場合、実際の現場=校内は調査出来ないとのことです。
なので、いじめの被害に遭っている子がいじめに遭っているという事実を明らかにするにはどうしたらいいのかを探偵というお仕事を活かしてレクチャーしているというところでしょうか?
そして、探偵さん自身が動かない部分は無報酬だそうです、レクチャーや相談など。



なんでこんなことが始まったのか?
それは学校側に「うちの子がいじめに遭っている」と親御さんが訴えても「証拠がなければ事実とは認められない」と言われたことが始まりだそうです。

証拠集め→探偵に依頼
と思いついた親御さんとのご縁で今に至るとのことでした。


警察は日々流れるニュースを見ていても感じるように事件が起きなければ動きませんからね。
未然に防ぐということにどれだけの労力を使っているのか?わかりません。


これ、「へぇー、今どきの探偵さんってそうなんだぁー」
(実際この方が動き出してから商売として探偵さんがいじめを取り扱うようになった=ビジネスになったそうです)

で終わっていい話ではないですよね。


そもそも探偵が証拠を、それも事件の証拠集めと同様とも思える証拠を集めなければいけない程の“いじめ”が今の社会の存在するっていうことが信じられません。
私同様に一緒にいた女性も驚いていました。

私の時代もたぶん“いじめ”はあったのだと思います。
小学生の頃はなめ猫(←知っているかな~)ブームで、スカートずるずる長くしたり、学生鞄をぺっちゃっこにしたりするのが不良っぽくってかっこいいって時代です。
流石にランドセルはペッちゃんこにはできませんが、このちょっと不良っぽい感じをまねた小学生はいました。
実際、朝学校に行ったら昨日まで仲良かった友達が私のことが見えていないかのように「無視」してきたのを覚えています。

「なんでやねん」と思った記憶はあります。

でもまぁーその頃の私は「まっ、いいか」と思っていました。たぶん危険がなかったからかもしれません。

クラスの一人が塾で行っているいじめを話してくれたことがありましたが、この時代もトイレでいじめなんてのもあったように思います。
今思えば、あの子はそれを楽しんでいるようでした。
こうしたことを耳するようになったり、実際クラスで「無視」というのが現れたのは6年生の時だったので
「ふふん、私は中学は違うところに行くからほっておこう」
てな感じでした。
実際私への「無視」も数日でなくなったように思いますが、卒業まで「この子たちと友達」って感覚はなくした気がします。

その後、私はあまりに平和でぬくぬくした環境で毎日礼拝のある学校に通っていたせいか?“いじめ”を感じたことはありません。
卒業してから先輩や同級生が「社会がこんなに冷たく厳しいところだったなんて」という言葉は聞いたことがあるし、私も「こんなに面倒な社会(人間関係)があるんだ、大人って・・・」などと思っていたくらいですから。


私は思わず「被害者には問題がないのですか?」
という問いに「誰でもいいんですよ、何か問題があって“いじめ”が発生するのではないのです」
と教えてくれました。
確かにそうかもしれない。

原因不明の進入経路のわからないウィルスみたいなものです。

原因があれば「喧嘩」なのだろう。


そういえばかつて卒業した学校の先生が言っていたのを思い出しました。

「おまえたちの時代は、要チェック人物ってのがいたから、そこに気を付けていれば何かやらかす前に止めることが出来たけれども、今は皆変わりなく、皆がふつーだから要チェック箇所がわからない」

ふふーん
とこの時は思った。

今思えば、先生側もわからないから何もし出来ないってことだったのだな。
(現在母校がどうなっているかは不明ですが)


日常の行動がふつーに見えても内側で何を考えて行動しているのか大人の目には映らない子供たちとなっているのか。


かなりショックでしたね。


“いじめ”の内容が、まぁニュースでも見聞きしているけれど、犯罪になっているのですから。
でもニュースだと“いじめ”の結果起こってしまったことの報道で終わってしまって
事の経緯がわからない。
単なる今起こったニュースで終わってしまう。

そんなことがあったんだ。
で終わり。



そして子供のいない私にとっては全く知らない世界

知らないということは気づかない、ちょっとあれっと思っても気づかないということです。

今、私が何かその犯罪と言える“いじめ”に対応できるとも思えません。

でも知っていると知らないでは大きく違うと思います。


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(2013/07/28)
阿部 泰尚

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阿部泰尚さん
とても魅力的な方です。
お話していると子供達が信頼して慕ってくるのがわかります。
お会いできたこと、とても光栄です(*^_^*)


「健康で健幸」と願っている私ですが、
身体だけ見ていても健康にはなれないし、心の健康というものはものすごく奥が深く、
もし“いじめ”という経験をして成長し、大人になった時
身体に現れる症状からのアプローチでどれだけ自分がサポートできるのかと深く深く考えさせられてしまいました。
実際、身体に現れる症状というのはここ数日の出来事ではなく、うんと遡ると幼少の頃からを加味して診ていきます。


阿部さんに「被害者に問題はないのですか?」
と質問したわたし

阿部さんは「それは強い人の意見です」
と答をくれました。


そうなんです、これを解決したらここよくなるよね。
というのは強い人、というかその問題に直面していない人の考えなんです。

この数日後、ご縁あった方は「それ自分ではどうしようもないよね」
という問題を長いこと抱えていらっしゃって、身体が悲鳴を上げています。

その抱えている問題の中でどう対応していくか
それも治療をする側、身体をサポートしていく側の人間にとって必要なことなんだと
教えられました。


自分をとりまく物なんてホント社会ではちっぽけなちっぽけなもの
「健康で健幸」
そうあることがどれほど大変なことか、改めて考えさせられます。

今年もあと2ヵ月ちょっと

来年に向かってまた自分への課題を見つけたような気がしています。




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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

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