ご贔屓に・・・

なんだか暑さが楽になった・・・いやー~今日は涼しいわ。。。
なんて言っても32℃とか33℃とかですから、まだまだ暑湿対撮していかねばです(^_^.)
しかし、このまま熱帯地域となれば、40℃近い気温の中でも涼しい顔して過ごすようになるのだろうか?

いやー上がったら下がるという法則からしたら、次にくるのは地球寒冷化かもしれない。ブツブツ


先日、残暑見舞いをいただいた。
“ご贔屓変わりませぬ様”とあり、
「贔屓」という文字 なぜこんなに貝なんだろう?
貝ってもとはお金として使われていたとも聞くのでその辺が関係しているのか?

残暑見舞




語源は中国の伝説上の生物である贔屓。

中国の伝説によると、贔屓は龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子のひとつで、その姿は亀に似ている。重きを負うことを好むといわれ、そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。日本の諺「贔屓の引き倒し」とは、「ある者を贔屓しすぎると、かえってその者を不利にする、その者のためにはならない」という意味の諺だが、その由来は、柱の土台である贔屓を引っぱると柱が倒れるからに他ならない。

「贔屓」を古くは「贔屭」と書いた。「贔」は「貝」が三つで、これは財貨が多くあることを表したもの。「屭」はその「贔」を「尸」の下に置いたもので、財貨を多く抱えることを表したものである。「この財貨を多く抱える」が、「大きな荷物を背負う」を経て、「盛んに力を使う」「鼻息を荒くして働く」などの意味をもつようになった。また「ひき」の音は、中国語で力んだ時のさまを表す擬音語に由来する。

Yahoo知恵袋



変わらぬご贔屓と言われると、
その人のために全力で支え、鼻息荒くして支えていかねばならないのか?
と、ほんの挨拶にもなっている“贔屓”という言葉に込められた意味の重さを感じてちょっと違和感を覚えたりして。


特定の人のために「鼻息を荒くして働く」
自分を引き立ててくれる方が存在してこそ自分の存在がなりたつことがある。
商売をしていればなおさらだし、さらに個人で相手が見える仕事をしていればなおさら
「いつもご贔屓にありがとうございます」という言葉が見えてくる。

ご贔屓さんが増えることが仕事が大きく成功することにも繋がるわけだが、そこには鼻息を荒くして支えてくれる人がいてこそなんだ。
人は一人では何も出来ないし、何も成り立たない。

ご贔屓さんがいてこその自分(感謝)

時には自分が贔屓したり、時には自分が贔屓されたり、そうして世の中成り立っているのだな。
贔屓して贔屓して!!とばかりでは「贔屓の引き倒し」になりかねないということだ。


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